I was born to love you. ― バン×エレイン

※エレインが無事に復活してバンと幸せになるエンディング後妄想(原作内でエレインが復活した時制とは別物です)
※初々しくもほほえましいバンエレはいません。





 I was born to love you.



 音もなく、しかしぱっちりと、エレインの瞼は開いた。すぐ目の前ではバンの胸板が上下に揺れている。彼は眠っていた。
 カーテンの隙間からのぞく星空は、今が真夜中だとエレインに教えた。寒くはない。バンの体とシーツの隙間に、すっぽりとおさまったエレインの体は服がなくともつま先まであたたかかった。
 バンに抱かれた夜、日が昇る前にエレインが目を覚ますことはなかった。彼にもみくちゃにされて、疲れきったあとは朝まで夢の中だ。そんなエレインが、バンに起こされたわけでもなくひとり目覚めた。初めてのことに、胸が騒ぎ出さないのは彼の腕ががっちりとエレインを抱え込んで離さないからだろう。バンの腕の中は、エレインをあらゆる危険から守る、世界一安全な場所だった。
 エレインの息づかいが変わっても、バンは気づくことなく眠り続けている。彼にとっても、エレインを抱きしめていられる今は安息の時間ということだろうか。
 バンの腕がエレインの(ピロー)になってからの、つまりは彼と二人きりで暮らし始めてからの日々を、エレインは数え始める。もう、両手両足の指の数ではとっくに足らない。
 今の二人の住まいは、小さな石造りの家だった。町外れにあるこの家はずいぶんと長く空き家だったようで、室内はどこも分厚い埃のベールで覆われていた。家中に溜まった数年分の埃を、バンが強奪してエレインが風で外に吹き飛ばす。なんて便利な能力なんだろう、と魔力の平和利用に二人して笑った。
 もちろんこの家には持ち主がいて、貸してもらえるようバンが交渉した。彼が何をどう言いくるめたかは知らないが、賃料はタダ同然。人間には人間の流儀があると、バンはエレインに深く立ち入らせてくれない。だから念のために貸主の心を読んでおいた。脅されたわけではないらしく、一応のところ安心している。ともすれば強引になりがちなバンの、ブレーキ役が自分だとエレインは自負していた。
 この町に居を構えてから、バンは昼間、町の食事処の厨房で働き始めた。その仕事からももう離れている。二人はまた違う町へ渡り歩く。
 旅から旅へ。気に入った村や町には少し留まって旅費を稼ぐ。旅をするのにも先立つものが必要だと、エレインが学んだものバンと旅を始めてからのことだ。
 そういえばお前も、姫的なアレだったな。食うのに苦労したことのねぇご身分ってわけだ。呆れるバンは、エレインがひそかに冷や汗を流していることを知らない。厳しい生い立ちを持つ、彼の地雷を踏み抜くことをエレインは恐れている。だがバンはカラリと笑った。女はそんな苦労を知らないに越したことはねぇな。エレインに不自由などさせない。彼の決意表明のような言葉にエレインの耳たぶは赤くなった。
 いつの日か、二人は旅から旅の日々を終えて、ひとところに落ち着くのだろう。二人がここだと感じた土地に。いまだ、そんな場所には巡り会っていない。だからバンは働き、彼が家を空けている間、エレインは家を守りつつご近所さんとのおしゃべりに花を咲かせる。次に向かう場所を物色するために、何気ない会話からこぼれおちる情報に耳をそばだてていた。
 どこに行きたいか、何をしたいか、決めるのはエレインで、叶えるのがバンだった。
 仕事を終え家に帰ってきた、彼の食事はエレインがつくる。初めて見て触れる人間のキッチンに右往左往していたのは昔の話。今ではかなりまともなものが作れるようになった。まだまだバンには及ばないけれど、彼が休みの日にはつきっきりで教えてもらう。団ちょと比べりゃ筋がいい。えらいもんだな。バンはエレインの料理に笑って舌鼓を打つ。食後のエールを手に、よくできましたと頭を撫でてくる時など、まるで子ども扱いだ。でも気にしない。料理以外の場面で、子どもになるのはもっぱらバンの方だから。
 とりわけ、ベッドの中でバンは甘えた子どもに成り下がる。そのくせ子どもにはできない方法で、エレインを好き勝手に扱って泣きそうになるほど気持ちよくしてくれた。
 バンは食卓でエレインの料理を食べ、ベッドでエレインを食べる。キスで砂糖をまぶされ、犬歯でスパイスをほどこされ、エレインの料理よりよっぽど、エレインはバンにおいしく咀嚼されてしまう。絶妙に煮込まれたソースのような、味わい深い唾液でエレインの舌を絡めとる彼は、おいしいものを作る天才だった。
 美味しくてせつなくて、どこかふわふわとした日常の中で、時おり、エレインは妖精王の森で過ごした7日間を思い出す。あのころから、バンはしきりにエレインと一緒の食事をしたがっていた。もちろん、ベッドの中ではない方の食事だ。
 あまりの熱心さにエレインはいぶかしむ。バンの記憶に見たのは彼の幼いころの日常だった。彼の過去を噛みしめた瞬間に味わった、からくて苦くて、すっぱさが舌に刺ささる痛みをエレインは忘れられそうにない。
 小さなバンの食事時は、常に家の外にあった。家にいても腹の虫を抑えることができない。腹をすかせて家に帰っても、彼を待つのは暴力と罵声だけ。それでも、家は家で、親は親だ。家庭の味とは無縁な彼は、しばしば近所の家をのぞき込んだ。品がいいとは言えない街にも、仲睦まじい家族はいる。その明るい食卓を、彼は窓の外や屋根裏に潜みながら見つめていた。
 盗んだものを手に、自分の元には決して訪れることのないあたたかな一家団欒に、入り込んだ気分を味わうのが彼の楽しみだった。親が与えてくれないものの欠片を、バンは自力でかき集めようと他人の家族の食卓を盗み見る。ゴミ箱をあさって得た残飯を抱えて。そこに浴びせかけられる冷や水。野良よ、犬か猫かしら。こうすれば二度と来ないわ。真冬に頭からかぶった水は身を切られるほど冷たくて、ドブの臭いがした。彼の、誕生日のことだった。
 へらへら笑っているバンは上っ面だ。とはいえ裏表を使い分けられるほど、彼は心に器用でもない。取り繕うのも、嘘をつくのもうわべだけ。深い部分は誰にも踏み入らせない。バン本人ですら、きっと、自分の心全部をわかっていなかった。心を読むことに長けた、エレインとの出会いは彼に訪れた数少ない僥倖のひとつだ。
 バンは、多くのことを望んだつもりはなかった。人並みにさえなれない暮らしをしているうちに、いつしか人よりあれもこれもと欲しがる気持ちが敏感になっただけだ。欲しがるのは求められたいという願いの裏返しだとは、気づけないまま。そんな彼と出会ったのが、妖精王の森での7日間だった。
 欲しがりで与えてもらいたがりなバンから、注がれる愛情にエレインは満たされている。今にもあふれ出しそうな甘くせつないものをどうしていいかわからない。こんなときエレインは思うのだ。彼との子どもがいればいいのに。うんと可愛がって、毎日食卓を一緒に囲んで、バンがエレインに注いでくれたもので、子どもをいっぱいに満たしてやる。
 エレインはバンの寝顔を見上げる。彼は父親になることを望むだろうか。
 バンの記憶の中の、彼の母親は彼によく似ていた。こんなにそっくりなのに、どうして愛せないのかしら。かわいい子ねと、彼を抱きしめてあげられないのかしら。あなたが産んだくせに。崩れ落ちそうな膝を震わせて懸命に立っている小さな彼に、どうして気づいてあげられないのかしら。彼の母を想うとき、エレインの胸は怒りで満ちた。生まれて初めて抱いた感情は憎しみですらあったかもしれない。
「エレイン……?」
 エレインの気配が変わったことに、気づいたバンの目が開く。瞬きを繰り返す姿は、まだ眠そうだ。このまま黙っていれば彼は夢に戻れただろうに、エレインはつい聞いてしまった。
「バンは、子どもが欲しい?」
 突拍子もなく聞こえたのだろう。彼の紅い目が一気に覚醒する。
「ガキが、欲しいかって?」
「そう、あなたのよ」
「俺が……父親?」
 眉をひそめる彼に、さらに畳み掛ける。
「ジバゴって、お父さんなんでしょう?」
 バンが父と慕う人物が、狐男(ウェアフォックス)とは聞いた。血はつながっていないと、けれど、本当の父親よりよほど父親らしい人だったようだ。
「お墓参りににいきたいな。私まだ、ご挨拶してないもの」
「まるで嫁でも紹介するみてぇ」
「違うの?」
 エレインが恥ずかしがることを期待していたのだろう。堂々とした返事にバンが驚いている。
「いい機会よ。私たち、家族になりましょう」
 バンはやはり驚いている。でも、嫌がっていない。自分がいつか言おうと思っていたセリフを、まさかエレインに先取りされたことが信じられないだけだ。
 妖精は人間と同じ食事はしない。花や花の蜜、果物が主食だと聞いた妖精王の森で、腹にたまらなそうなメニューだとバンは不服そうだった。それでも一緒に食べることをあきらめないバンの要望に応えて、目の前で空の手のひらから花を取り出して見せればバンは笑った。手品みてぇ。便利だな。彼ははしゃぎ、花の種類に合わせた蜜の吸い方を教えれば夢中になった。
 甘い、でもちょっと苦ぇ。花を噛んだ、バンが言う。
 まるで恋みたいね、とは言い返す勇気がなかったあのころ。
 バンがずっとここにいればいいのに。彼の望むひとりきりじゃない食卓を、いつまでもいつまでも提供してあげるのに。そう願っていたあの7日間。今では、二人は数え切れない食卓をともに囲んでいた。何気ない日常の積み重ねが、エレインの口を大胆にする。
「一緒に生きて、ご飯を食べて、眠って。そしたらもう、家族でしょう?」
「そんなこっぱずかしいこと、よく言えんなお前」
 そう言う彼のほうが、よほど言葉や欲には率直だ。
 人の気持ちを疑うのは疲れる、とバンは言った。これも妖精王の森での話だ。エレインが俺を好きだってんなら信じるぜ。口先だけだって構いやしねぇ。俺さえ信じてりゃ、その言葉は俺のモンだ。口は悪いのに、彼から与えられる言葉はとても柔らかくて、甘酸っぱいものを含まされたようにエレインの胸をきゅっとさせた。
 俺のものだとか、奪うとか、彼の乱暴な言葉遣いにはエレインもずいぶん戸惑わされた。でもそれも彼が、自分の気持ちを当てはめる語彙をあまり多く持っていないだけで、彼の本質はとても誠実で純粋なのだと気づくのに時間はかからなかった。
 そんな彼だから、大丈夫。
「バンは、良い父親になれるわ」
 彼にならって、エレインも心に思いつく中でなるべくまっすぐな言葉を選ぶ。恥ずかしさは二の次でいい。
 いやよいやよも好きのうち。そんな言葉を誰かから聞いた。ディアンヌだったかしら、いや彼女らしくない、ましてやエリザベスでもない。ともかくエレインはなんて変な言葉だろうと思った。いやならいや、いいならいいと言えばいいのに。人間は心が読めないんだから、心にもない言葉でややこしくしなくていいじゃないと。
「お前が言うなら、そうなんだろうな。自信なんざカケラもねーが」
 バンはどこまでも率直だった。エレインに対しては、彼女への愛情についてはことのほか。兄にはよく嘘をついてからっていても、その嘘だってちゃんと聞いていれば彼の本音のありかがわかる。わかるのはエレインだけだと、すぐ騙される兄は憮然としていた。兄には悪いけれど、エレインは兄の言葉がうれしかった。
 兄ひとり、妹ひとり。エレインもバンと同じく、家族の像を知らない。けれど二人ならきっとうまくやれるはず。バンは素直で、足りない言葉はエレインが補えばいいから。
「いくか、明日、ジバゴんとこ」
「明日?」
 出立は二日後のはずだ。急な話にエレインは眼を丸くした。
「嫁取りの報告なら早ぇほうがいい」
 やはり率直な彼の言葉に、エレインは頬を赤くしながらうなづいた。
「私、ジバゴに気に入ってもらえるかしら」
「カカカッ、お前がダメだったら他に誰がいんだよ」
 そしてバンは、ベッドの中でエレインに迫る。頬を撫で、鼻をなめるようにささやいた。
「墓の前じゃ、さっきのセリフは俺に言わせろよ」
 プロポーズを先取りされたことが気になるらしい。案外古風な彼にエレインがはにかむと、念押しするかのように唇を塞がれた。たったそれだけで、眠る前のシーツに満ちていた甘くていやらしいものがよみがえる。(ピロー)だったものはバンの腕に戻り、エレインはおいしく食べられる瞬間を待つ。のしかかってくる重みを、迎えようとエレインはバンの首に腕を回した。
 次の旅の目的地は決まった。二人の新しくて、実は今までどおりな関係の名前も。
 どこへいっても、二人なら大丈夫。
 まもなく、エレインは新しい命を身ごもる。その兆しを感じた時、旅はしばしのおあずけとなる。二人の関係に、またひとつ新しい名前が加わるまであと少しだ。






あとがき(反転)
フレディのストレートすぎる歌詞が恥ずかしい。しかしバンエレなら似合う!(笑)
バンにプロポーズさせようと書き始めたのに、結局エレインがしてた。なぜだ。
いつまでも初々しい二人の話は、また別の機会に。

2016年1月1日掲載
気に入ったら押してください→web拍手 by FC2

textへ戻る
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。