私の心の中のダガー - エレイン&メラスキュラ

※一部、3DSゲーム設定あり。141話の舞台裏をイメージ&原作セリフを改変しています。




 「あれから俺には大事な恋人と……親友(ダチ)ができた」
 バンが「父」へと語る打ち明け話に、エレインは頬赤く染めて、潤んだ瞳を輝かせた。



 私の心の中のダガー



 「今日も熱心だね」
 名もなきフクロウが言った。好々爺の声に、エレインは水晶の断面に伏せていた顔を上げる。面にかかる髪をかきあげると、白いフクロウの大きな目と向かい合う。彼はこの死者の都で、エレインと親しく言葉を交わす数少ない一羽だった。
 フクロウの白い首がかしげられる。
「おや、泣いているのかね」
 エレインは首を振った。繊細な金髪を揺らす彼女に、寄り添ったフクロウは彼女が見ていた水晶を覗き込んだ。
「『彼』か……」
 フクロウは言った。すらりと高く、ひと目を惹くシルエット。尖った銀髪と同じだけ鋭い、ルビーの瞳を持った青年。水晶の先に映る人影は、フクロウにも見慣れたものだ。
「恋しくて、泣いておるのかね」
 エレインが否定したにも関わらず、フクロウは再び尋ねた。
 生者の世界を映す、水晶の鏡はエレインの望み応える。上からであったり、真正面からであったり、鏡が映すものは刻一刻と角度を変えた。だが、いくら角度が変わろうとも、彼女の見つめる先にいるのはいつもたったひとりだった。
 エレインが、死してもなおその姿を見たいと願う青年は、年老いた狐男(ウェアフォックス)が横たわるベッドに腰を下ろしている。
「彼の言葉が嬉しくて」
「ほう……」
「私のこと、恋人だって言ってくれたから」
 エレインの頬に、あるはずのない血が通って赤くなる。彼の口からこぼれた、言葉が彼女の耳にリフレインしていた。
 俺の、恋人。
 彼がそう言い切った相手は、彼が父と慕った狐男だった。彼に好意を寄せる女の子も、彼らの傍らにいた。そんな二人の前で、世界に宣誓するように成された彼の告白に、エレインの胸に花が咲く。
 突然の死が二人を別ってから、不安がなかったといえば嘘になる。想いを直に告げることなく、別たれてしまった恋だったから。その恋心さえ、バンがエレインを、エレインがバンを、居並ぶ大勢から吟味し、選び取ったものではなかったから。
 閉ざされた森の中、互いの目に映るのは互いの姿だけ。まるで心に刷り込まれるように、相手が輝きを増してそれは芽生えた。特殊な環境の下で、ありきたりな鍵がありきたりな鍵穴に差し込まれ、恋の蓋は開かれた。それを運命と呼ぶひともいれば、気の迷いと哂うひともいる。
 もちろん、エレインは二人はあるべくして結ばれたのだと信じていた。彼があの森にたどり着いたことさえ、大いなる意思の導きであったのだと。バンの言葉は、彼女のそんな想いに応えてくれる。彼の口から紡がれた、特別なひとりを意味する言葉はエレインだけのものだ。そのたったひとつの言葉に、黒い雲は去り、天空から白く輝く光がエレインの心をあたためていった。
「それは、おめでとう。エレイン殿」
「ありがとう、フクロウさん」
「死者にとって、忘れられることほど寂しいことはないものだ。これで、エレイン殿の心も少しは慰められよう」
 本当に良かったと、死者の魂の番人たるフクロウはエレインの心に寄り添った。彼女がこの都に来て20年、ひとときも休むことなく、愛しい男を追い続けていたことを彼は知っている。
 フクロウの思いやりに、エレインは明るい声で報いた。
「私、幸せよ。死者の都(ここ)に来てから、退屈だって感じないもの」
「そうかね」
「四六時中、バンを見ていられて幸せだわ」

 本当に?

 風が鼓膜をゆするほどの、かすかな声を聞いた気がした。フクロウを振り返っても、彼は何も聞いていないと首を振った。
「気のせいかしら」
 高い音域は子どもか、女性のものだったかもしれない。
「エレイン殿は感性が鋭い。ここでは魂がむき出しゆえ、誰かの心の声が忍び込んだのかも知れぬ」
「むき出しの心……、何だか少し怖いわね」
「妖精族の姫は、人の心を読むのが得意と聞いておるぞ」
「得意なことと、怖くないことは違うわ」
 空耳に長く心を引き止められることもなく、エレインは再び水晶を覗き込んだ。バンと彼の父が仲良くベッドに並んで腰掛けている。彼の背が少し丸くなって、表情が緩んでいるのは頼れる人が傍にいてくれるからだ。
「大好きなのね」
 心を読まずとも、見ていればわかるバンの機微にエレインは微笑む。生と死の境に阻まれた、二人の距離は遠い。だからこそ、直に触れることのかなわない彼の変化を、彼女は心の手で愛撫した。
 それから間もなく、老いた狐男は、バンを導く言葉を残してこと切れた。彼女は、再び孤独へと沈んでいく彼を見つめ続ける。
「幸せそうね」
 エレインが紡いだ言葉ではない。今度こそ、はっきりと聞いた誰かの声にエレインは顔を上げる。知らない声、感じない気配、この世界にいるどの魂とも違う。若い、女性の声だった。
「誰なの?」
 死者の都への闖入者。かつてバンたちの後を追ってきた、聖騎士の面影が脳裏によぎる。警戒を胸に、エレインは周囲を見回した。いつの間にか、名も無きフクロウの姿が消えている。広がるのは、どこまでも続く水晶の連なりだけだった。
「狐男が死んで、嬉しそうよ、あなた」
 またはっきりと、声はエレインの耳に届いた。理知的な女性を思わせる響きは、同時に、底意を読ませない周到さを帯びている。
 声はすれど、エレイン以外の魂はどこにも見えない。違和感が彼女を取り巻き、感じるはずのない寒さを感じて、エレインは身震いした。
 傍らの水晶には、恋しい彼の姿が映りこんだまま。深い悲しみの中にいる彼に、エレインは縋った。
「バン……」
 彼を求める声は、分厚い水晶に阻まれて、父親の死に心を沈ませている彼には届かない。聞きたくない女の声ばかりが、エレインの耳に触れ続けた。
「これで、彼はまたひとりぼっちよ。良かったわね」
 耳の後ろで囁かれ、エレインは体をよじった。誰もいない。姿はなく、ただ声だけが、恐ろしい言葉を紡いでいる。恐怖を払いのけようと、エレインは虚空に向けて声を放った。
「何てこと言うのっ……、彼は、お父さんを失ったのよ!」
 引きつるのを隠せない、エレインの声に対して、女のそれは冷静だった。
「そうね……、だからこれで、彼の心はまたあなただけのもの。だから笑ってたんでしょう?」
 エレインは首を振った。彼女は決して、そんな気持ちで悲哀に暮れる彼を見ていたわけではない。ただ幸せで、彼が彼女を忘れていないことが嬉しくて、この水晶の平原で、彼が誓ってくれた言葉を噛みしめていただけだ。エレインは小さな肩を抱いて、自分に言い聞かせた。
 いつか必ず。その誓いをを果たすため、彼はこの国をあてどなく彷徨い続けている。その果てに、ようやく彼は慕い続けた父親と巡り会えた。感動的な再会を、エレインはただ見守っていただけだ。
「親友を殺せば済んだことよ」
 高い声の指摘に、エレインは息を飲んだ。
「彼のたったひとりの親友を殺せば、あなたが生き返る。確か、そんな話があったのよね」
「なぜ……知っているの?」
 魔神の血にのっとられた人間の王国で、バンは巨大な角笛の声にそうそそのかされた。あの時もそうだ。エレインに今こうして語りかける声と同じように、女神族を名乗る声にも実体はなかった。
 バンが角笛の声に言いくるめられる姿を、エレインは今と同じ場所で見つめていた。バンの決断を案じて、両手を胸の前で握り合わせたことを覚えている。声は、まるでエレインの記憶をなぞるように、その時のことを語り続けた。
「でも彼はできなかった。親友の言葉に、あっさりとやめてしまった。あなたへの想いは、その程度だったのかしら」
「違うわ!」
 見えない誰かに、エレインは叫んだ。実体なき声の正体はわからないまま、しかし抗弁せずにはいられない焦燥感が彼女を追い立てていた。
「そんなことをして私が生き返っても、彼の幸せにはならないからよ」
 バンがエレインに捧げてくれた想い、瀬戸際で彼の凶行を止めてくれた友との絆、そのどちらも貶めたくないエレインの反駁を、冷たい声はせせら笑う。
「彼の幸せ? それはあなたといることでしょう? それを邪魔した、あの男(メリオダス)があなたは憎い」
「何を言うの……」
「メリオダスも、狐男の老いぼれも、あなたから彼を奪っていく」
「そんなこと……」
「あなたがいなくなってからの、彼を思い出しなさい」
 声はフクロウが語り、エレインが恐れたものを呼び覚ます力があった。むき出しの魂は、偽ることを知らない。彼女の心の奥底に、澱のようにただよう闇を、その声は表に引きずり出してくる。

不死身の(アンデッド)バン。お前は、オレと(ここ)から出てもらう』
 のちに生涯の友となる彼が迎えに来たときに、バンの胸に灯った大きな喜び。

『いい親友(ダチ)じゃねぇか』
 エレインと、バンの天秤を二分する彼の存在を、狐男は祝福した。

「死ねば良いのに」
 声は低く吐き捨てる。まるで自分の心から吐き出されたかのように、エレインの胸がすっと軽くなった。
 死ねば良いのに。いなくなればいいのに。バンの心からエレインを追い立ててしまう親友(メリオダス)も、彼の心に今なお深く根をはったままの父親(ジバゴ)も。
「狐男のことなんて、彼はあなたに打ち明けてもくれなかった」
「やめて!」
 ジバゴと、親しげに呼ばれる名前。バンを、大きく慈しむ老いた声。バンにバンであることを教えたひと。エレインは知らなかった。教えられることもなかった。森にいた彼の、心を読んだときからその影が疎ましかった。ジバゴがいる限り、エレインはバンの一番になれない。
「彼を捨てたくせに、今更ノコノコと現れて。偉そうに父親ぶって。何様かしら?」
 声からほとばしる黒い感情は、果たして誰の心から生まれ出たのか。
「彼の孤独を救ったのはあなたじゃない? 彼に愛と命を与えたのはあなたじゃない? それなのに、彼と親友を元の鞘に収めて、あなたから遠ざけようとしてる」
「違うわ!」
 耳を塞いで、エレインは叫んだ。目をきつく瞑って、歯を食いしばって、こみあげるものをねじ伏せる。そうまでしなければ屈服してしまいそうになる、どす黒い何かが彼女のすぐ足元にまで迫っていた。
「あの人がいなければ、私は彼と出会えなかった……!」
 エレインは抗った。懸命に。冷たい声が読み上げる、自分の中の闇とエレインは戦わなければいけなかった。
「あの人が、ジバゴがっ……、彼に私のことを、話してくれたから……だから……っ」

『妖精王の森には聖女がいて、彼女が守りしお宝――生命の泉は飲む者に永遠の命を与えるって噂さ』
『盗みに行こうぜ、ジバゴ!』
『バカ! 相手はおっかねぇ聖女だぞ。お前なんてイチコロだ』

「彼が……、いたからっ……」
 だから出会えた。あの森で、一生ごとの恋が生まれた。バンと出会わせてくれたことに、エレインはジバゴに報いきれない恩がある。
 そんな彼を、一時でも疎ましいと思った自分の心の醜さに、エレインは伏せた顔を手で覆い、その場で泣き崩れた。
 なんてこと。なんてことなの!
 バンが心に深く想うひとに、自分はなんというおぞましいものを向けていたのか。ずっと心の底に沈めてきた、胸にまとわりつくいやなものが、確かにそこにあるのをエレインは感じ取れる。声は、エレインがかたくなに目を逸らし続けていた不気味なそれに、強烈な光を浴びせかけてしまった。
「悔しいのよね」
 打って変わった、優しい声が降る。頭を撫でる感触に、エレインは涙にぬれた顔を上げた。
「あなたは、誰なの……?」
 顔を上げたエレインの前には、気づけば巨大な水晶の柱があった。ひときわ大きな表面に、エレインの傍らで、髪の長い、細い女のシルエットが浮かんでいる。肉付きの薄い華奢な体は、エレインとよく似ている。切りそろえられたピンクの前髪から覗く、大人びた犀利な眼差しが彼女を見ていた。
「私の名はメラスキュラ。あなたの本当の欲望(のぞみ)を叶えてあげる」
「バンが幸せなら、私のことは二の次で良いの……」
 エレインは力なく首を振った。こんな自分が望むことはそれしかない。再び俯いたエレインに、声は尋ねた。
「ならなぜ、彼を見てるの。そんなに怖い顔で」
 エレインは顔を上げた。水晶に映る、自分の姿を見た。信じられないものが目に飛び込んで、エレインは小さな悲鳴を上げる。
「違う……違うの……!」
 エレインはカタカタと歯を震わせた。違う、とさかんに首を振る。釘付けにされた、彼女の視線は水晶から離せない。
 逆立った眉、奥歯を噛みしめ、引き下げられた口角。青ざめ、目を血走らせ、わが身を焦がす憤怒を隠そうともしない自分がそこにいた。
「こんなの、私じゃない!」
 首を振って、目を逸らして、自分の醜い姿を視界から追い出した。そむけた顔に、メラスキュラの鏡の中でしか見えない手が触れる。若い女性の柔らかな指先が、エレインの小さな顎を水晶に向き戻した。
「いいえ、あなたよ。これが本当のあなた。彼の周りにいる命ある者たちが羨ましくて、あなたを二の次にする彼が赦せない」
 エレインはあがいた。だが掴まれた顎はびくともしない。そうするうちに、後ろから抱きしめられた。バンと兄以外に、触れられたことのないエレインは慣れない抱擁に怯える。回された腕は、細くて柔らかい女の腕だ。それなのに、体はぴくりとも動かなかった。
「かわいそうな、エレイン。こんなに彼を愛してるのに」
 メラスキュラの声は、エレインの鼓膜を震わせ、頭の、いや、心の奥深くへと入り込む。強く抱きしめられた背中から、伝わる彼女の存在感が安堵を呼んだ。ひとりじゃない。冷たい水晶に囲まれて彼を待つ孤独を、わかってくれる(ひと)がここにいる。

 ダメよ、彼女の声を聞いてはダメ……!

 聖女として、700年森を守り続けた彼女の理性が叫んでいる。けれど、バンに恋する初心な妖精は、メラスキュラからもたらされる共感にあっさりと跪いた。
「ずるいわよね、みんな。彼と一緒で、楽しそう」
 見つめ合って、口をきいて、体を触れ合わせて、心を伝える。エレインがどんなに望んでも叶わないことの、ありがたみを誰も知らない。知ろうともしない。彼の周りにたかる有象無象は、彼と共にいられる幸福を浪費していた。
 誰よりも、彼の傍にいたいのは私なのに。他ならぬ彼が、それを望んでいてくれるのに。
「そのあなたがどうして、死者の都(ここ)にいなければいけないの?」
 私が傍にいられれば。エレインは考える。彼の話をいくらでも聞いてあげられる。彼のしたいこと、行きたい場所、何だってどこにだって付き合ってあげられる。彼が望むなら、何だってしてあげる。私が、私さえ、彼の傍にいられるのなら。その想いが、エレインの中で渦を巻いた。

『アンタを殺せば……、エレイン(アイツ)が生き返んだ!』

 あの時、あの場所で、メリオダスが死んでいれば。今頃、エレインは彼の傍らで笑っていられたのに。親友や父親の力を借りずとも、彼を幸せにしてあげられたのに。それは決して、実現することを望んではいけない夢想だった。
「彼に怪我をさせた人もいたわね」
 彼とエレインを引き離す者がいれば、彼の想いを利用しようとした者もいる。エレインの亡骸を餌に、彼を森につなぎとめようとした古老の妖精の横顔が目に浮かんだ。彼女がバンにしたこと、その時に彼女が言い放った道理が記憶に蘇る。その刹那、エレインの肌の下で、熱い何かが膨れ上がった。
「彼が触れた女なんて、赦せなかったでしょう」
 バステの牢獄で、彼に救い出された女のことを思い出した。ただ、彼好みの逸品を所持していたというだけで、彼の興味をひいたつまらない女。持っていたダガーほども、彼女は彼の気持ちを惹くことができなかった。その程度の女が、一時でも彼の傍にいたことすら憎らしい。
 バンの隣は、エレインのものだ。生きてさえいれば、彼の前も彼の後ろも全てエレインが独り占めできた。
 生きていれば。エレインが、生きてさえ、いれば。
「残るは誰? あなたから彼を奪おうとする、愚か者は誰かしら?」
 メラスキュラの導きは、黒い触手となってエレインの魂を操り始める。思うがままにされた心は、銀色のポニーテール、垂れた大きな鳶色の瞳を憎悪の色で描き出した。
 かつてはバンを傷つけ、今は彼にまとわりつく小うるさい女。ぽってりとした唇からはまるで不似合いの、乱暴な言葉を吐くあの女。
 彼女は、まるで妹のようと、頑なだった彼の心の内側に居場所を作ってしまった。友と道を違え、父との別離を終え、たったひとりになったはずの彼を、彼女の存在が救うだろう。救われた彼はどうする。彼女を、愛したりはしないだろうか。彼女の存在がエレインに匹敵するほど、大きくなる可能性はまったくのゼロだろうか。
 現に、彼女は彼と旅をしている。エレインが夢見た願いを、彼女はたやすく叶えてしまっている。
「彼は、あなたのものなのにね」

 ジェリコさえ、いなくなれば。

 彼女さえ死ねば、今度こそ正真正銘、バンはエレインだけのものになる。彼は私のもの。彼は私だけを想ってくれるひと。そうあるべきだ。それが、あるべき世界の姿なのだ。そのために20年、エレインは彼を待ち続けた。
 ふつふつと湧き上がる熱は、黒い色を帯びてエレインの体を動かす。祈るように握り締めた手には、いつの間にかサンザシの実が連なったダガーが握られていた。
「私があなたに力をあげる」
 メラスキュラの体をとりまく、黒い腕がエレインを包んだ。体が熱い。力がみなぎる。死したこの身では果たせなかったことも、できてしまう、そんな力の奔流をエレインは感じた。
 彼の元へ。彼の隣へ。そして彼との愛を阻む、すべてのものの排除を。
「この剣で、取り返してらっしゃい。あなたの愛しい彼を」
 メラスキュラの手が、エレインの手に力を与える。黒い刃は禍々しく尖り、握り締めた柄の硬さは、エレインが失ったはずの命を燃やした。

 憎い。彼に近づく、すべてのものが憎い。

 エレインの瞳に、あってはならない光が宿る。白いドレスは黒に変わり、邪悪な波動が放たれる。周囲にそびえた水晶柱が、次々と砕けて彼女の頭上に飛散した。くるくると回る破片の断面に、エレインの愛しい青年の顔が映る。彼女を取りかこみ輝く、無数の恋人にエレインは尋ねた。
「私はあなたのもの。あなたは私のもの……。そうでしょう、バン」
 キラキラと舞う破滅の光に包まれて、幼い姿が闇に染まる。青白く輝くその顔には、凄艶な微笑が浮かんでいた。彼女を闇に堕としたメラスキュラに、とてもよく似た笑みだった。
 復活の支度が整った、魂は死者の都を飛び出ていく。愛と怒りに狂った聖女が、生者にどんな復讐を果たすのか。見送るメラスキュラは抑えきれない期待と興奮に唇をほころばせる。
「とても綺麗よ、エレイン……」
 エレインの魂の行く先を見届け、メラスキュラは黒い触手をはためかせる。もう用のない砕かれた水晶の平原を、彼女は一瞥も振り返ることなく飛び去っていった。




あとがき(反転)
メラちゃんの"怨反魂の法"をイメージしてみました。名もなきフクロウさんは3DSゲーム設定です。
2016年4月14日掲載
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