過去を紐解く会話の、口火を切ったのはキングの方だ。 「エレインは、どんな風に死んだの?」 いつか聞かれる、予感はあった。そのための、逃げ口上も用意していた。
Guilty, guilty, not guilty!
「掟を忘れたのかよ」 〈七つの大罪〉は互いの罪を詮索するべからず。 結成時に国王から下知された掟のおかげで、王国転覆疑惑で国を追われるまでの6年間、キングはバンの罪状を知ることなく、同時にバンはキングがエレインの兄の妖精王だと気づくこともなかった。あの掟は、〈七つの大罪〉たちが持つ深く奇妙な縁の糸に、彼ら自身が縛られることのないようにという国王の意志だ。 それを思いやりととるかどうかは、意見が分かれた。少なくともバンは、他人の罪状に微塵の興味もなく、自身の罪状に他人が首を突っ込めなくなるだけ、面倒がなくていい程度に受け止めている。しかし、キングは違った。 国王の深謀遠慮をかいくぐり、キングはバンの罪状を耳に入れるに至った。それだけでも掟に抵触しかねない行為だが、彼の妹の死に様をバンに尋ねるとなれば決定的だ。だがキングは、バンの諌めにも平然とのたまう。 「キミの罪なんてどうでもいい。オイラは兄として、妹の最期を知っておきたいんだ」 「俺が殺した、じゃ納得いかねぇのかよ」 「いかないね。なら聞くけど、キミの手が、キミの意志に従って、彼女の体を傷つけたとでも言うのかい?」 「……似たようなもんだ」 バンの返事に、キングの厳しい視線が突き刺さる。クッションを模した神器を抱きしめて、ふよふよと浮かび上がった彼はバンの目を覗きこんだ。 「キミは、エレインの心を救ってくれた。エレインがそう言ったんだ」 「俺に誑かされてるとは考えねぇか、『お兄ちゃん』」 「死者の都で、オイラより先に、オイラよりはっきりと、彼女の姿を見たキミがそれを言うのかい?」 痛いところをつかれた、バンの眉が不随意にピクリと動く。この至近距離では、キングも見逃さなかっただろう。 死者の都。 あの場所で、死者であるエレインは魂としてバンに触れた。彼女の魂のかすかな手触りから、バンは彼女のぬくもりを思い出してしまった。「会えてよかった」とエレインは微笑んだけれど、「またな」と彼女に誓ったバンではあったけれど、あのひとときの体験には、後悔と歓喜が複雑に入り混じっている。 『いつか必ず、お前を奪う』 約束の言葉は、バンの進む道を決めた。失くしてしまったものの名残に再び触れることができたなら、取り戻したいと願う気持ちが強くなるのは当然だろう。それを妄執と嘲笑えるのは、本当に大切なものも知らず、また失ったこともない、不幸で幸運な者だけだ。 「冤罪だろう?」 バンの罪はどうでもいいと言った同じ口で、キングは妹に代わって、バンに赦しを与えようとしていた。それはバンを嘲笑うまではいかずとも、彼の生きる目的を取り上げようとすることと同じだ。 「森を燃やしたのも、生命の泉を枯らしたのも、エレインが死んだのも、全部あの赤き魔神のせいだったんだろう?!」 キングはそのことに気が付いていない。自分の生きる意味を、存在する価値を根こそぎ奪い取られかねないバンと、平行線になるのは必然だ。 「エレインは、俺が殺した」 赤き魔神が森を襲い、バンとエレインがその衝撃に吹き飛ばされた直後、むせるバンを気遣いながら、エレインは聖女にふさわしい責任感で生命の泉の杯を守っていた。 あの時、エレインはバンも逃げろと言ったのだ。彼女の判断に従っていれば、二人と生命の泉は難を逃れたかもしれない。彼女が兄から託され、700年の孤独を耐えて守り抜いた、妖精王の森を盾にして。 バン自身は森への思い入れなどなかった。たった7日間過ごしただけの場所だ。自分と彼女の命に代えてまで、守る価値は見いだせない。 けれど、エレインは。 禍々しい炎に森が焼け落ちていく様を、ただ見つめるしかないエレインの横顔に、バンはどうにかしてこの炎を食い止めてやりたいと思ったのだ。あの魔神を止めれば、炎は消える。自分にはそれができる。そう、自惚れた。 「キミは、エレインのために……」 キングはなおもバンの無実を口にする。違うと、バンは首を振った。 とどのつまりは、自分のためだ。 惚れた女の前で、良い格好をして見せたかった自分の〈強欲〉が彼女を死なせた。バンの〈強欲〉がもたらしたものは、森も、泉も、バン以外の何もかもを巻き込んで燃え尽きた。だからこれは冤罪ではない。 「ヤなんだよ。他の野郎に、聖女殺しを名乗られんのが」 自分がこの罪を背負うことは、何もかもが正しいのだ。 「あいつは俺のモンだ」 彼女がバンに残してくれたものは、妖精王の森の種、不死の体、そして聖女を殺めた〈強欲の罪〉。種は彼女の遺言通りにした。不死の体は今更どうすることも叶わない。だから最後の一つを、誰かに渡すわけにはいかなかった。 「バカ」 頬にぶつかったのは、キングの拳だった。肉弾戦ではてんで役に立たない、彼の小さなパンチがなぜか痛い。 〈七つの大罪〉でキングと出会ったころ、まずバンは妖精族であるという理由だけで彼を嫌った。今もって妖精族は好きになれない。エレインに孤独を押しつけた怠惰な共犯者たち。彼らに妖精王と呼ばれ、敬われ、慕われることにすら本音を吐けば虫唾が走る。エレインだけが、バンのただひとりの例外だ。 「キミって奴は本当にバカだ」 キングはそんなエレインの兄だった。どこまでいっても種族の垣根が隔たるバンより、エレインと強い繋がりをもつ兄だった。たった7日の内に、彼女の口から「兄さん」という言葉を何度聞かされたかわからない。 「バン、キミって奴は……!」 『バン、あなたってひとは!』 見た目も性格も似ていないくせに、バンを叱るときの口調ばかりキングはエレインにのそれを彷彿とさせた。彼がエレインの兄だと知らなかった聖騎士時代も、それが辛くてバンはキングを詰り、それが恋しくてバンはキングの前でバカな悪戯を繰り返した。 だから今も、彼の非難だけは耳に痛い。 「大バカ豚野郎だっ」 「てめぇに言われなくても知ってんだよ」 その痛みを、バンは平然と受け止める。 エレインの兄からなら、彼女を死なせたどんな謗りも甘んじて受けよう。石にしたければすればいい。そうバンは心に決めているのに、当の本人の罵声はバンの心に傷一つつけることも望んでいないのだ。 それっきり声を出せず、キングは神器に顔をうずめた。きっとまた、泣いている。 『泣き虫で素直じゃなくて、虚勢ばかりはる兄だったわ』 エレインの兄への評価は、つくづく正しいとバンは思った。
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