ING - バン×ジェリコ

※バンジェリの話というより、キングによるバンエレ・バンジェリ考察のような話です。




 ING



 死んだ妖精の小娘より、生きてる俺の方が分はある。そう胸を張って言い張る女をキングが殴らずに済んだのは、その発言を許容したからでも、女性に手を上げるべきではないというフェミニズムからでもなかった。ただ単に、キングが攻勢に出る前に彼女の発言をバンが完全否定したおかげだった。
 確かにジェリコは、「死んだ妖精の小娘」がキングの妹だとは知らない。だが知らずにとはいえ、キング(ひと)の妹を鼻で笑い飛ばしたジェリコを、キングは肯定してやれるほどお人よしではなかった。
 だいたい彼女は目がついているのか、耳は聞こえているのか、頭は機能しているのか。バンが妹に注ぐ情愛をすぐ目の前で見届けただろうに、何をどうしたら妹と肩を並べられると考えることができるのか。
 正直なところ、キングはバンがジェリコに拳をふるわなかったことが意外ですらあった。エレインを侮辱した制裁にと、全裸に剥いたのは完全に逆効果だけれど。
「責任とらせてやる!」
 ジェリコが声高らかにその言葉を吼えるたびに、キングの心は冷めていく。彼女と敵としてではなく関わりあって日の浅いキングですらこうだ。彼女に付きまとわれている、バンはさぞかしうんざりしているだろう。それとも、うんざりと思うずっと手前で、彼女の存在はバンの中から消去されているのかもしれない。
 おざなりな扱いにも負けず、それでもジェリコは叫び続ける。
「絶対、責任とってもらうからな!」
 底が浅くて単純で、本人ですら本当の意味を理解していない、安易なセリフ。妖精族が描く「人間らしさ」が詰まった彼女の叫びに、キングは冷たい一瞥をくれてやる一方で、しかしひそかに、かすかな光のようなものがちらつくのを感じていた。
 それは妹を想い、切ないほどの忍耐で彼女のいない孤独を背負うバンと照らし合わせるときに、輝きを強くする。熱情ではない。慈愛とも異なる。その光に名をつけるのならば「幸福」の二文字がふさわしい。
 つまりは、バンはジェリコと一緒になったほうが幸せになれるのではないか。彼女への蔑視とは正反対のような発想が、キングの中で生まれては消える。まさかな、と払いのけても、その考えは真夏の陽炎のようにキングの思考の片隅で揺らめき続けていた。
 <豚の帽子>亭を発つにあたって、キングはバンにこう告げた。妹の死は現実だと。
 だがその言葉に抗うように、バンは妹と運命を共にしたはずの妖精王の森へとキングを導いた。森は生きている。ならば彼女もまた何も終わってはいないと、まるでエレインを思い出にしてしまおうとする、この世のありとあらゆるものに唾を吐きかけるように、バンは生まれなおした妖精王の森で王の名をいただいてる。森の主たる称号を本人が受け入れているかは別にして、だ。
 思い出とは、記憶をゆがんだ形で保存する方法だ。不都合な部分をそぎ落とし、過剰な装飾でもって、過去を美しく、時に禍々しく整える。人に限らず、ある一定の知性を持つ種族は、そうして通り過ぎる日々を類型化するすべを身につけていた。何もかもをありのままに抱えていくよりは、その方がずっと楽だからだ。
 けれど。
 キングは流れいく思考を留める。何事も例外はあった。
 その記憶があまりにもすばらしく、自分の根幹をなすものであった場合、記憶を思い出にしてしまうことは困難を極める。過去は文字通り自身から「過ぎ去った」ものであり、現在進行形の今とは距離を置いた別個の何かへと姿を変えなければ思い出にはなりえない。
 自分自身であったものを、自分ではない何かに変える。その作業には相応のエネルギーが必要だ。心のより深い部分とからみあった記憶が相手ならば、必要とされるエネルギーは跳ね上がる。精神は疲弊し、記憶と引き裂かれる痛みに心は悲鳴を上げるだろう。
 だからだ。
 バンは、エレインを思い出にしない。バンにとって、20年前、妖精王の森で生まれた恋は現在進行形だ。
 記憶を思い出へ。現在を過去へ。生きていくために必要なこの作業から、ひたすら目を背け続けているバンにキングは同情を禁じ得ない。キングも同じ穴の狢だからだ。記憶を消したディアンヌを、200年に渡って想い続けるキングも、まさに現在進行形の恋を抱えている男のひとりだった。
 けれど。
 キングはまた、安直に進みたがる思考にブレーキをかける。キングはまだいい。ディアンヌは生きている。決して自分には振り向いてくれずとも、笑う彼女はそこにいて、報われない想いすらいつかは終わりの日がやってくる。
 だが、バンは。
 不死者(アンデッド)はどうだ。
 絶対に手に入るはずのないものを求めて、永遠の飢えと渇きに苛まれ続けるのなら、いつか心も体も壊れてしまう。想い人の命をこの世から失ってしまったバンは、キングよりもずっと危険な淵の近くに立っていた。不死者は、例え体が壊れようといずれは治る。そして心が壊れてしまうには、彼はまだ人間としても若すぎた。
 若いなら、若い未熟さを盾に、楽な方に流れてしまえばいいものを。
 バンは人間味あふれる男だ。ありていに言えば、快楽に弱い。エレインを想いながら、他に楽しいことがあれば簡単に目移りしてしまう。腹が減れば食事ができる。酒に酔えば陽気になる。欲しいものが目の前にあれば、ひとの都合などおかまいなしに奪いにかかる。貪欲で、愚鈍で、短慮で、気まぐれな、人間の悪い部分を寄せ集めた<強欲>を背負う彼。
 そんな彼が、今はどうだ。人生の享楽にも、安易に手に入るぬくもりにも目をくれない。やりたくもない妖精族の森の世話にいそしみ、友と袂をわかってまで孤独な旅を続けようとしている。<強欲の罪>(フォックス・シン)のバンがなんてざまだ。
 エレインと死に別れて20年、何がここまで彼を追い詰めてしまったのか、キングにはすべてを察しきれようはずがない。きっと、バン自身にも心の整理などついていないのだろう。自分の心がわからずとも、欲しいものはわかっている。だから彼は、動かずにはいられない。
 そこでキングの思考は、ぐるりと回ってジェリコに戻った。惰弱な人間らしく、目の前の享楽に身を委ねることのできないバンを、手を伸ばしても触れられない蜃気楼を目指して歩く彼を、果たしてジェリコは受け止められるだろうか。
 俺が、俺が、俺が。我を通すことにかけてはバンに似たり寄ったりの彼女に、他者を、よりにもよってあのバンを、受け入れるだけの度量があるとは到底思えなかった。
「彼の傷を引き受ける覚悟もなしに、余計なことはしないほうがいい」
 だからキングは、彼女に忠告する。エレインのことをバンの過去だと思っている時点で、ジェリコは根本的な考え違いをしているから。
「キミが戦う相手は、思い出じゃないよ」
 まぎれもないバンの現実を切り裂く覚悟がなければ、ジェリコの想いは届かない。そして生半可な攻撃では、返り討ちにあって手酷い傷を負わされるだけ。
 キングの真意に気づけるはずもないジェリコは、しかめっ面を向けてくる。自分とバンのことに、どうしてキングが口を挟むのか心底理解できない顔つきだった。そして彼女はそんな表情を隠さず口に出す。
「なんでお前が言いきるんだよ」
「オイラなら容赦しないからさ」
 返答に間髪は入れなかった。あまりにも自明すぎる問いであったから。
 ディアンヌを傷つけるものに、二人の今日までを否定するものに向ける慈悲などキングは持ち合わせていない。バンも同じだ。ジェリコの存在が無視できるうちはまだいい。彼女も裸に剥かれるのが関の山だ。だがいつか彼女がエレインの記憶をおびやかすとき、バンは全力で抗う。妹を過去にしないために。恋の歩みを止めないために。
 だから今こうして投げかけてやる忠告が、最後の慈悲だ。
「逃げるなら、今のうちだ」
 バンに、バンの抱える現実に殺される前に。
 でも同時に、それでもどこかで、キングは思うのだ。妹がバンの過去になればいいと。ジェリコが、引き裂かれる心の痛みに暴れまわるバンを抱きとめることができればいいと。心が壊れるまでの途方もない年月を、壊れては再生を繰り返す肉体を抱えてバンがのたうち回るよりは、その方が、ずっと。
『いつか必ず、お前を奪う』
 あの言葉を前にしても、ジェリコの想いが揺るがないのなら。
 無駄な祈りと知りながら、キングはバンの出口のない「現在進行形」が終わる可能性を考える。





あとがき(反転)
「消せない記憶」でエレインとの恋をバンの過去だと思っていたキングがいつしか現在進行形だと気づき、「恋わずらい」でかつての自分と同じような誤解をしているジェリコにイラつくお話(要約)です。果たして、この話はバンジェリなのか???
2015年10月29日掲載
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